万年筆と神経毒

浸潤する言葉を。

雑記的なやつ 1

 もうかれこれ一ヶ月は外に出ていないんじゃないかなあ。誇張ではなく、本当に敷地内どころか玄関の外にすら出ていない。異常だ。まるで引きこもりになった気分である。それもこれもコロナのせいではあるのだけれど、元より僕は引きこもりがちな生活を送ってきたのでそうおかしなことでもないような気がしてくる。しかし少しも外出していないとなると多少は気が塞いでしまうもので、そろそろ遊びに行きたいなあ。美術館に生きたいなあ。本屋に行きたいなあ。近くの本屋は先月末まで休業していたが、今月に入ってから営業を再開したらしい。新刊を見に行きたいものです。そんなに言うのなら行けばいいじゃないか、という話だけれど、かといってわざわざ本を物色するためだけに外出するのも気が引ける。ここまで来たのだから外出自粛せずによい段階になるまで家から出ないべきではないのだろうか。幸いにも? 積読はいっぱいあるのだし、それを読めばいいだけの話なのだ。それに家にいるからといって何もやらなくていいというわけにもいかぬ。僕は一応学生なのだ、まだ授業は(オンラインでも)開始されていないけれど、授業が始まる前に論文とか読まないといけない。予備知識を蓄えてから研究に臨まなければならないはずなのだ。しかしどうして最近は意欲が湧かない。平坦な生活環境が、意欲を平たく伸ばしてしまったのだろうか。だがそんなこと言ってられぬ、やらねば何も得られない、というのが世の常で、果報は寝て待てなんていうけれど、何も行動していなのいであれば凶報はあれど吉報なんでくるはずがないのである。だから僕は今日から勉強をしたいと思います。一日一本くらいは英論読みたいです。読みたいです、なんて消極的なことを言うのではなく、読みます、と言い切るべきところでしょうか。でも自分に自身がないから断言できないのである。

 嗚呼、こんなところが僕の駄目な部分なんだろうなあ。行動に対して逐一言い訳になるような空きを与えてしまう。逃げ道がないと不安でたまらなくて何も行動することができない。今までも、おそらくこれからもそうなのだろう。何かに飛び込んで挑戦するってことができないんだ。破滅願望があるくせに、臆病で、君は一体何をしたいのだろうか。人生をどう使いたいのだろうか。自分の願望の達成のため? あはは、君にそんな大層なものなんてないじゃないか。なかった。常にペシミスティックな君は希望なんて抱いてやしない。強大な妄想ばかりがあって、それは楽観的な部分もあったけれど、決して希望なんかじゃあない。怠惰で、なにか自分に良いことが降り掛かってこないかなあ、なんてバカバカしい世迷い言を大真面目に妄想して、そんなわけがないと憂鬱になって、それのどこが希望なんだい。いい加減に現実を見たほうがいいよ、君は徹底的に駄目な人間なんだよ。

 蕭条な日々に疲れ果てて、トランキライザーくらいにしか希望を見いだせなくて、しかしそれはさっきも言ったように虚妄だよ。君に良いことなんて起こりやしないんだ。虚心になるべきだね。僕はそう思うんだ。もっと純朴な気持ちで世の中を見つめ直すべきなんだ、内側にばかり向かう視線を外側に向けてやらないと、君はいつまで経っても成長できないままだ。

 

 近頃は空気の入れ替えを兼ねて窓を全開にしているのだけれど、光に誘われてか羽虫がやってくるのでたまらない。大きな奴、特に羽音を喧しく鳴らしてブゥンブゥンと飛び回るやつ、あれはいけないね。どうも意識がそっちに向かってしまう。今も僕の部屋では羽虫が電灯に向かって体当たりをしている。ああなんて愚かなのでしょうか。あんなことをしても何にもならないというのに、可愛そうだなあ。可愛そうだなんて全く思っていないけれど、僕はそんなことを無表情で書いている。もしかしてあの虫は大きな光に対峙しているのではなかろうか。そうだとすれば偉大だなあ、尊敬に値するよ、決して届かない光を追い求める姿ってのは惚れ惚れしてしまうね、自分の羽が溶けてなくなるかもしれないっていうのにどうして近づいてしまうんだろうね、すごいなあ、本能的なものなのかなあ、だけどその本能で死んでしまったらこれは愚かだよなあ、電灯を覆うプラ板には死んでしまったであろう先達が転がっているというのに、どうしてそんなにも近づいてしまえるんだい? 蟷螂の斧というのは格好いいかもしれないけれど、無謀だってことも理解したほうがいいんじゃないかなあ、君だって子孫を残したいだろう、永久に届かない、あるいは届いたとしても死が待っているようなところへいこうとするだなんて本当に愚かでしか無いよ、遺伝子がそうさせるのなら、君の遺伝子はきっと劣っているんだね、他の君の仲間よりも。そう思うとなんだか親近感が湧いてきたよ。君となら友だちになれるかもしれない。ああ、いいなあ、友達だって、うん、いいなあ。とそんなことを考えているうちに虫はどこかへ行ってしまった。どこへ行ったのだろうか、諦めて外へ逃げたのか、それとも光に囚われて死んでしまったのかしらん。おお、ゆうしゃよしんでしまうとはなさけない。

 

 君は彼女が欲しいと言うけれど、それはセックスがしたいからというわけではなく――もちろんそういう側面もあるのだろうが――、崇拝する対象を欲しているだけなんだよ。だというのに、あるいはだからこそなのかな、君は女性に対して奥手だし、それは君が女性という存在を大きなものとしてリスペクトし過ぎているからで、病的に女性に触れることに怖がっているのに触れたいと思っていて本当に気持ち悪い、AVを全く見ないわりには二次元のエロい画像でオナニーばかりしている――しかも陵辱もので!――お前みたいな奴は死んだほうがいい。僕としても全く汗顔の至りだよ、君の歪んだ女性観を基準に物を書くから変な文章になるんだよ。だからどの登場人物も歪んでしまうんだ。君の無意識が恐れているから、君の書く女性はリアリティがなくて不気味なんだよ。いい加減にしたほうがいいよ、前にも言われたじゃないか、たとえば風俗にでもいって女性を知ったほうがいいって、でも君にはそんな度胸なんてないから、行くわけがない。お金の無駄だと言い、セックスは愛する人とする神聖なものだからと恥も外聞もなく嘯くけれど、そんなの本心ではなくて、ただ怖がっているんだ。女性と触れ合うことに。昔、小学生の頃に公園である女の人に怒られたことを未だに引きずっているんだろう? その女は君の知らない人だった。知らない人だと言うのに、君はなぜか近づいたんだ。興味があったのかな、女に? 違うか、君はその女をしている行為に惹きつけられたんだ。女は小さな東屋で自慰をしていた。彼女の足元には煙草の吸殻が散乱していた。何かの象徴のように、煙草の吸殻は苦しげに身体を歪めて、その上で女が変な声を出していた。その図形が気になった君は近づいた。頭の中では近づいてはならないと思っているのに、君は近づいてしまった。女と目があった。君は恐怖して動けなくなった。女は何かを言い、服を正した。君は動かなかった。女は君を叱った。君は怖くなってその場を逃げた。君は逃げている間ずうっと頭の中で目にした光景が反復していた。気持ち悪いくらいに同じ景色が繰り返され、煙草が、女が、歪みがあって、君は逃げた。その光景が何度もフラッシュバックすることがあっただろう、それで起きてしまって、酷い汗をかいていた。馬鹿みたいに。今や爛熟したあの景色に君は慣れてしまっているけれど、やっぱり怖いと思っているんだ。だから煙草も怖がる。作品に煙草を登場させる時、それは象徴的なものだからそうしているんだろう。

 

 昔、あれは僕が中学生だった頃かな。すこぶる美味しい焼き魚を食べたことがあった。たしか鯖だったはずだ。鯖を一本まるごと焼いたもので、君は一人でそれを食べようとしたけれど、結局食べきれずに親に食べてもらった。美味しかったなあ、でも嫌な感じだった。骨が喉に刺さってしまった。痛みはないけれど、違和感がずっと残る。次の日もその違和感は残った。親に相談して病院に連れて行ってもらうことも考えたが、そうしなかった。恥ずかしかったのだろう、その理由はもうよくわからないけれど、君は魚の骨が喉に刺さり続けていることが酷く恥だと思った。その次の日も、違和感は残ったままだった。ずっと気になったままだった。もしかしたら永遠に残り続けるかもしれないと思った。だというのにいつの間にかその違和感は消えてしまった。なんだったんだろうね、あれは一体。求めていたことが起こったというのに、何一つ充足感はなかった。僕に去来した望んだはずの風景は、見ればとても悲しく色褪せたものだった。求めた結果だけがあり、達成した瞬間がない。とても、とても寂しいことだった。