万年筆と神経毒

浸潤する言葉を。

他人感/フルグラ、あるいはパフェの底の部分

 自分の人生がなんだか他人のもののように感じる。特に最近、その感覚が強くなっている。こうしてキーボードを叩いている今も自分が自分の手を動かしているのではなく、映画のワンシーンでキーボードを叩く指を眺めている感覚に陥る、虚しい。今ならどのような恥ずかしいことでも出来るような気もする、他人事のように。気が大きくなったわけではないのだけれど、この自分に響かない無感覚さはアルコールを適度に含んだような、ノイズキャンセルヘッドホンをしているような、水の中にいるような心地よさがどこかある。自分が他人である感覚、どこでもないところからの眺め……いや、自己の固有性はこうして他人事でも自分を捉えている自分がいるということで立証されているのだからどこでもないというわけではないのだろう、僕は僕を捉える、遠くからでも捉えてしまっている、決して消えることのない自己という牢獄から見つめ、諦観する。自分が存在する、他人感があっても確かに繋がりを感じる、気持ち悪い。逃避の一種かもしれない、自己を直接的に感じないことで内面が傷ついてしまうことを防いでいる。

 ここ数日の夕食はフルグラ(とリプトン紅茶)だけで、終わってるなあと自分ながらに思う。食べることにそれほど執着がないから、栄養素を最低限取れればいいように思ってしまう。いや、フルグラは別に完全栄養食というわけではないのだから、かなり偏っているだろうね、でも自分の健康状態に興味が向かない、若いから大丈夫だと無根拠な自信があるわけではなくて、単純にどうでもいいと思ってしまう、生きることに向いていない。でも、人間というのは案外丈夫だからちょっと食生活が偏っているくらいで病気にならないだろうし、死にはしないだろうし、だから大丈夫なんです、心配される必要はないのである。フルグラはおいしい、僕は基本的にそのまま食べる。素ルグラ。中には牛乳に浸して食べる人もいるにはいるらしいが、その食べ方でおいしいと感じたことはない、フルグラのいいところはココナッツの風味と甘みと食感で、牛乳に浸してしまうとその佳いところのほとんどが減衰してしまう、フルグラへの冒涜だ。どろどろの離乳食のような、半流動食のようなものへと変形させて、それを喜んで喰らうとは理解しがたい。けれどもヨーグルトに入れるのはいいかもしれない、食べたことはないのだけれど、酸味と甘味が巧く調和してくれるように思う、しかもそれほど水分がないから直ぐにべちゃべちゃになるわけでもないはずで。今度試してみようかなあ……あれだよね、パフェの底の部分、溶けかけのアイスクリームを吸ったコーンフレークみたいな。僕はこの部分が一番好きなんだよね、パフェの中で、先端のフルーツやらチョコやらアイスが載っている部分よりも。しっとりとしつつしかし歯ごたえも残るコーンフレークの食感たるや、一緒に紅茶は如何ですか? 滋味ですよ。パフェって見た目は豪奢だったりするけれど、その味は大抵想像出来るものばかりで、つまらない。しかも飽きるよね、上半分を食べたくらいでもう口の中が甘ったるくて、冷たくて。上を崩すことに時間を掛けてしまうと底のあるシリアルが水分を吸いすぎてぶよぶよになってしまうともう最悪だよ、とてもじゃないけれど余韻が台無しだ。前半戦で底を掻き回し、クリーム塗れのシリアルを表出させてそれを喰らうのもいいけれど見栄えは悪いよね、まあパフェを食べるのに見栄えなんて気にしてたら食べれやしないんだけどね、どうせぐちゃぐちゃにしてしまう。綺麗にパフェを食べる方法はあるのだろうか(しかもおいしく!)、僕には思い浮かばないね、へへへ。

 人が食べている姿ってどう思います? 僕は、自分を含め食事をしている姿はあまり好きではない、食べ方が綺麗だとか汚いとかは関係なく、人が咀嚼していること、口を、咽喉を動かしている姿をどうして不快に感じてしまう。その口腔内では食物が細かく砕かれ、唾液と混和されているのだろう? 液状化した食物は食道を通り抜け胃液の中へ落ちる、次々と。その様子が瞼の裏に映写され、消えない。子供の頃、僕はよく吐いていた。思えば心因性嘔吐だったのかもしれない、いろいろと、ストレスのある幼少期だったから。でも大きな影響は人体解剖図や体内についての本を読んだことだろうか、小さな頃に見たフルカラーの解剖図には真皮を剥がされた筋組織だけの人間の姿や、その更に下、筋組織すら剥がされた内蔵が描かれていた。恐ろしかったし、気持ち悪かった、そう思ったことは今でも感覚として残っている。赤褐色の大腸、薄桃色の小腸、ぎょろりとした眼球……子供に読ませるもんじゃねえだろ。あとやや戯画的ではあったが、身体の機能を説明する漫画も口に入れた後の食物の顛末が描かれており、やはり気分が悪くなった。今はもう吐くことはないが、気分が抑鬱的な時は食事をした後気分が悪くなる、特に朝食を食べた後は最悪だ、思い出してしまう。思えばぐにゅぐにゅしたものが苦手なのはここらへんが関係しているのかもしれない。パフェの底に溜まったコーンフレークだったものがそうであるように。甘くどろどろな澱は胃液と混和された食べ物だったものを想起させる。