万年筆と神経毒

浸潤する言葉を。

『親愛なる孤独と苦悩へ』を読んで Part1(Part2は未定)

 新生活への不安や恐怖が和らぎ一息つけた人も多いだろうゴールデンウィークが過ぎ去った今日此の頃。そんな一方で未だに人間関係や環境の変化、その他にも様々な事柄に関する懊悩を抱えている人も多いのではないだろうか。

 心の安寧を得られていない人、今にもストレスに押し潰されてしまいそうな人、そんな自分を責めてしまう人色々といるだろう。人というものは自分が思う以上に弱かったりするものだ。そんな生き辛さを抱えている人々に「幸せとは?」という問題に対する解答への些細な道標を提示したい。

 

『親愛なる孤独と苦悩へ』は同人サークルである楽想目(http://rakusomoku.web.fc2.com/)で制作されたヴィジュアルノベルである。

 

 この作品との出会いはTwitterにてとあるフォロワーがプレイした感想を投げているのを見て私もやってみようと思ったからであるのだが、予想を佳い意味で裏切る作品であったために多くの人にこの作品を知って貰えればと筆を執った次第である。まあともかく私なりの感想?を綴っていこうと思う。

 

 

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 科白や独白がかなり内省的でリアルな印象を抱く本作。人間の不器用さや生き辛さ、不条理を扱った物語は私自身にとっても特別な作品であった。

 

 

 

・カウンセリングという名の視点変更〈人生を観よう〉

 

 本作の主人公は内田姫紗希、那古龍輔、都宮海の3人である。彼らはそれぞれが異なった懊悩を抱いていた。それを相談するために「カウンセラー」と検索をかけたインターネットの海の中、その39ページ目。簡素なHPと何故か無料のカウンセラー橘真琴(以下まこちゃん)と出会う。

 この3人に対してまこちゃんがカウンセリングを行うことを通して物語が進行する。が、このカウンセリングが彼らにのみ対応しているわけではない。私たち読者も同様にカウンセリングを受けることができるのである。是非とも”読み進める”のではなく”入り込んで”欲しい。

 

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opのとあるフレーズ

 

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 まこちゃんはカウンセリングを通して主人公らに心の声(観念)を深く、最果てまで見つめるように促す。その声の主は何者なのかどこからくるものなのか、最初はAだと思っていたことがBであることなど(自分でも自覚していない感情の正体)が分かり、彼らは自己を改めて捉え直すのである――と同時に私たち読者は彼らに自分を投射して同様に自己を捉え直すのである。

 ヴィジュアルノベルにカウンセリングを導入することはなるほど、熟読するのであるならば読者に感銘を与えるのであろう。

 

  私たちは案外自身のことを見つめきれていないのである。

 

 病気とまではいかないまでも悩みを持つ人がプレイして悩みが無くなるとは言わないし、悩みを解決する糸口になるとは断言しないが、プレイして損はない作品であることだけは断言できる。

 

 

以下からネタバレを含みますので、未プレイの方は読まない方がよろしいかと。

ですがその1では致命的なネタバレをできるだけ避けるよう書いているので読んで貰っても構いません。自己責任でお願いしますよ、自己責任。

 

 

 

 

・他者との関係と自分の役割、或いは自己同一性

 

case1.内田姫紗希

 内田姫紗希は優秀な姉と比較され、親に構って貰えないことを嘆いていた。一方で姉は何故自分ばかりが親から期待され続けるのだと不満を抱いていて、その不満をぶつけられた姫紗希は姉の懊悩を知るのであった。

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 姉が出ていった後、親が姫紗希に求めたのは姉をいないものと扱い、姉の代わりになるよう勉学に励むことだった――ここで今までの自分を否定され、姫紗希の自己同一性が崩れ始めるのである(正確には姉の死ねの一言だろうが)。

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  今までろくに家族の愛情を注がれなかった姫紗希が姉のように、いやそれ以上に優秀になれと歪んだ愛情を注がれた。最初の頃はその注がれる愛情に喜びを抱いていたのだが、なにをどう頑張ってもそれ以上を求められ認められることはなく、むしろそれでは駄目だと叱咤された。

「ある人間が、他の人間に、お前はなにかをなすべきだと伝え、同時にもう一つの水準でお前はそれをなすべきではないとか、お前はそれと相いれないほかの何かをなすべきであると伝える。状況は、さらに、彼もしくは彼女が、その状況から脱出したり、それについて批評することによってそれを解消したりすることを禁じる命令によって、<犠牲者>に対して封鎖される。<犠牲者>はそれゆえ、<安住しえない境地>に置かれる。彼は、破局を起こさずには身動きができない」(R.D.レイン『自己と他者』)

 

畢竟、姫紗希は親とその教育に対する恐怖と憎しみを抱き、それを正そうと教育者を目指したのである。

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そうして歪な動機で教育者目指す彼女は思い通りに立ち回れず、(こうあればならないという強迫観念によって)憂鬱に沈んだのであった。

 

 

 

 case2.那古龍

 那古龍輔が格ゲーを続ける理由は妹を喜ばすためのものであった。幼いころ”兄として振る舞わねばならない”という意識のもと、あまり反応しない妹が唯一食いついたために格ゲーを続けていたのである。

 兄としての役割を妹の中に確立し続けるにはそれしか無かったのだ。

 

 龍輔が言っていたようにゲームで食べていくのは「現実的じゃない」。そこで格ゲーしか熱中できるものが無かった龍輔は(自分のやる気の淵源が妹だなんて知る由もない)将来のビジョンが見えなくなっていた。

 けど実際……。

未来に希望が持てなくて、いい気分じゃないのはかなりある

(就職ねえ……)

(やってみたいと思う仕事なんか別にねーよ……)

(とすれば、俺にとって仕事ってのは、ただやりたくないことを毎日強制されるためだけのものじゃねーか。誰がそんなの望むってんだよ)

「就職……全然したいと思わねーな……」

                        那古龍

 龍輔がいくら格ゲーが上手いといってもそれは現実的でなく、選ぶことに後ろめたさがあった。かといって就職する意欲もなかった。

 

 まこちゃんのカウンセリングを受けることでプロになりたいと願っても良いのだと龍輔は思えるようになった。その気持ちで臨んだ大会、そこで龍輔は初戦敗退してしまう。彼の口から出た言葉はいつもの台詞であった。

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 龍輔のこの言葉は妹にも響いていて、彼女は自身の夢であった小説家を半ば諦めた。ともに小説を書いていた友人の方が彼女より上手かったのが原因だという。しかし切欠は彼のその言葉に他ならない。格ゲーを媒体にして兄妹として強固に結ばれてたが故に、格ゲーの敗北を切欠に才能が全てと切り捨てたその言葉は彼女に深く突き刺さったのだ。

 龍輔にとって格ゲーとはアイデンティティに他ならない。それを容易く踏み躙られていく姿は彼だけでなく妹にも大きな衝撃を与えたのだろう。

 自分の周りに技量が上の人がいる、そんな残酷な世界に彼ら兄妹は立っているのだ。 

「わたしはなくしてしまった なくしたって なにを? どこかで見かけましたか? 見かけたって なにを? わたしの顔を いいえ」(R.D.レイン『好き? 好き? 大好き?』)

 

 

 

case3.都宮海

 色盲の都宮が絵を描き、朽木がその絵を塗る。そんな共依存的な関係性を築いていたのだが、絵を描き続けたい都宮の一方で絵から手を引きたい朽木というすれ違いが起きていた。お互いの主張は平行線をたどるばかりで一向に解決に向かわなかった。

 これは都宮の上手い絵を自分の下手な塗りで穢してしまうという朽木の負い目から生じた問題であった。

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 都宮は幼稚園児の頃から絵が上手かったが、自身が色盲なためにそれを恥じるようにモノクロで絵を描いていた。そんな時に色を塗ってやると提案したのが朽木であった。

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朽木は個性的な絵を描く少年で周りから認められていなかった。そんな時に自分の絵を父親以外で唯一認めてくれた都宮に好感を覚え、そう提案したのだった。

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 その時から「描く都宮」と「塗る朽木」という役割が形成されたのである。

 しかし現実というものは非情なもので、殊芸術という分野に関しては甲乙がはっきりとでてしまう。専門学校へ進んだ朽木はハイレベルな周りの姿を見て、自分は都宮の足を引っ張っているのではないかという疑問を抱くのだった。

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 そこで朽木は他の人に都宮の絵を塗ってもらうことにしたのだ。結果、その塗ってもらった絵は準入選してしまう。朽木の存在意義が揺らいだ瞬間であった。

 

 そして朽木は自分がいなくても都宮はやっていけるのではないかという疑問を抱き、都宮の絵に手を加えずに提出した。そしてその絵も準入選してしまう。現実が朽木が都宮の足枷になっていると示してしまったのだ。それは朽木の死と表現してもいいだろう、絵で頑張ってきた今まで全てを否定されてしまったのだから。

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  普段強気な朽木から流れ出た涙には様々な感情が込められているのだろう。悲痛、寂寞、悔恨、無念……

 この涙で吹っ切れた朽木は絵から――都宮と夢を追うことから――手を引くことを決意したのである。

 

 

 ここまで書いた内容のどこに「幸せとは?」に対する解答の道標があるのかと思う人がいるだろう。それはPart2にて書くことにする。

 

2019/10/10 追記

書こう、書こう、と思いつつ今に至る。が、記事を書けるほどの鮮明な記憶が無くなってしまったせいでPart2を書くことが出来なくなった。いつか再プレイすることがあれば書きたいと思うのだけれどそれがいつになるか分からない。