万年筆と神経毒

浸潤する言葉を。

弥生の言葉

20230301, Wed

 花粉症が辛いのです。今日は特に酷かった、一日中鼻水が出続け、くしゃみも止まらず、抗ヒスタミン薬を呑んだというのにこれでは何のための薬なのでしょう。鼻をかみ過ぎて脳はもう常に酸欠状態、ぼうっと熱っぽくてもうこれは風邪ごとしだね、寝込みそうな病気じみた身体の怠さは鬱陶しくて集中力は霧散して今日はもう作業は無理そうです。あまりに酷いよ、どうして花粉なんかにこうもやられてしまうのか、理不尽ではないか? 対処しようにも止まぬ症状はどうしようもなくて、薬を変えても軽減せず、いつまで苦しめられるのでしょう、いつまで苦しめるんですか? 僕はあなたに何か悪いことをしたのでしょうか、あなたはいつだって苦しめる僕を、あらゆる人々を、嘲笑するように。頭が痛い、目もかゆい、鼻水が止まらない、もう嫌になる、活動を停止したい。

 

20230302, Thu

 金銭を持てば人生における大半の問題を解決することができる。それは確かにほとんど正しいのだろうね、お金で解決できない問題の方が少ないものだから。故に人々はお金に惑い、良い教育を受けて良い大学に入り良い企業に勤め良い収入を得ようと欲するんだ。それこそが人生における幸せの形だとされているから。そして良い衣服に身を包み良い食事をし良い家で良いパートナーと良い生活をし良い家庭を形成しようとする。多少なりともストレスはあれどきっと素晴らしい人生、だって自分の人生にお金という幸せと意味を与えられたのだから。だけど結局理想を追い求めて得られるのは老後の余暇に感じる一時の安心と充実感、人生に悔いはないと自分を騙して、死の瞬間を待つだけの生活。身体が衰えていくのを弱った脳で眺めている悲しき耄碌の途。一人の人間の生なんて物は所詮泡沫の夢。それまでの人生の濃度に関係なく一様に無意味で、だから必至になって意味を与えようとするのだけれど、どうしたってガラスに水で絵を描くのと同じように無駄な行為で、叫ぼうとも、恨もうとも、祈ろうとも、変わることがなく、そこには鏡面のようにつるりとした滑らかで眩い面があるばかり。自分の行為は自分に返還され、変換され、人生などというものは果てしなく虚無があるばかりで何も無いではないか!と気付いてしまって、絶望の内に命を落としてしまう。金銭がもたらす一瞬の煌めきは死後の世界に関与せず、現世にのみ意味があるのであって、そんなの当然のことなんだけれど、この生に意味を見出せない僕にとってはやはり金銭なんていうものは命を賭してまで求めたいものではないのだよね。

 

20230307, Tue

 僕はどうして顔付きが悪いようで特に眼鏡を掛けている時はインテリヤクザのようだと言われたこともある。そうなのだろうか、でも他人が言うのだからそうなのかもしれない。とはいえ自分の容姿にコンプレックスを抱いているということはない、だって僕の見た目なんて僕は直接観ることができないのだから。だからフェイスケアもヘアケアもしないし、したこともないし、髪は自分で切ってしまう。ただ爪や手は自分で見ることができるから多少はこまめに手入れする、といっても爪切りをする程度のものなんだけどね。結局自分の見えない部分にまでわざわざ気を払う必要性を感じないだけなんだ、他人を目を気にして生きることにはもう疲れ果ててしまっているのだから。

 

20230310, Fri

 今年は隔月で感想記事を書きたいなんてことを抱負に書いていたのだけれど、もう既に三月で、まだ今年は一作品もノベルゲをプレイしていない。怠惰な僕でごめんなさい、インプットが減っているのは悪い傾向だよね、良質な経験がなければ良質なアウトプットなんて出来るはずもないのに。特に僕のような想像力がまるでない人にとってこれは死活問題で、ああいい加減なにかプレイしたいなあ、サクラノ刻は直にプレイしたいなあ、します。

 

20230311, Sat

 極北という言葉が好きです。

 

20230312, Sun

 夜という孤独が最も深くなる瞬間、つい意味について考えてしまう。人生に対する意味、生きることに対する意味、未だに答えなんて見いだせないでいて、あらゆる観念が浮かんでは沈みを繰り返し、このまま問い続けても一生辿り着けないんだろうなぁ、なんて考えて、寂しいなあと思い、内面に蔓延る寂寥を見つめながら今日も死にたくなってしまう。あまりに無意味な人生。生物としての生命維持活動をただ行うだけの毎日、かといって種としての存続を考える訳でもなく、怠惰にヒトに甘んじているだけの肉機械。人恋しく思えど行動はせず、結局はその程度の寂しさで、適度な生き辛さを抱えながら今日も生を引き伸ばす。まるで絵の具を薄めるようにただ生命を消費して無意義な生活をし、最後の選択を取ることもせず、意識を鈍らせて人形となっていく。あなたは今日も僕の元に現れないし、僕だってあなたについて深く考えようとしない。結局その程度なんだ、あなたと僕の関係なんて初冬の湖に張る氷のように冷たく薄く壊れやすいものでしかないのだ。

 

20230316, Thu

 まるでヨブを体現したかのような聖女、リドヴィナに思いを馳せる。彼女の肉体はある日から膿み、腐敗し、得も言えぬ芳香を放つようになった。まるで熟れ過ぎた果実のように。彼女は果てしない苦痛の中でしかしあなたへの信仰を手放さなかった。いつか必ず扶けが与えられると信じ、38年もの間病床に伏し、食事もまともに摂らずただあなたに祈りを捧げ続けたという。果たせるかな彼女が息を引き取るまで病状は改善することなく、あなたは彼女に苦痛を与え続けた。何を思い、なぜそのようなことをされたのでしょうか。またサタンと賭けをされたのでしょうか。かつてヨブに対してしたように。しかし今度は家族を巻き込まずただ彼女だけを苦しめた。流石にあなたにも良心の呵責というものがあったということでしょうか、無関係の人間を巻き込むのには耐えられなかった。いくらサタンのせいだと言い訳しようにも都合の良い理由が見つからなかったのでしょう? リドヴィナが亡くなったのち、その身体は癒え、元の綺麗な肉体に戻ったというが、どうしてそれを彼女の生前に行えなかったのだろう、あなたは結局死を道具のように扱い、リドヴィナを象徴に仕立て上げようとした。だが残念なことにリドヴィナの名前はそれほど広くは知られてはいない。

 

20230320, Mon

 苦しいことばかりの人生。無彩色の日常。いつになったら、嗚呼、いつになれば終止符を打てるのでしょう。導いて下さい、落として下さい、駄目にして下さい、僕にはもう何もありませんから。

 

20230322, Wed

 思惟に生きたいし、美しさに死にたい。

 そればかりが望みで、それ以外は欲しくなくて、結句僕は現実に居続けるのは向いていなくて、だからいつも下を向いて歩くことしか出来ないのだね。苦しいね。僕はだから気を紛らわせるために自分を削っては文章にしているけれど、どうせ何の解決にもならないのだよ。僕はについて何を語ろうとも、それは下らなく、僕にはふさわしくないというのに。どうしてしてしまうのだろうね。

 

20230324, Fri

 祖母が亡くなったらしい。癌だったそうだ。祖母が病に伏していたことは今日初めて知ったのだけれど、そんなに僕に伝えたくなかったのだろうかね。あるいは僕は軽薄な人間で伝えた所で見舞いに来もしないと思われていたのだろうね。まあその自覚はあるよ、今だって祖母が亡くなったと知って悲しいという気持ちはほとんどなくてあるのはただ失われたという漠然とした感覚で、それは祖母との接点が久しく失われていたからというのもあるだろう——ただ血が繋がっている以上、見舞いに来て欲しいといわれれば行ったさ。その程度の良心は持ち合わせている。血の通わないアンドロイドではないのだから。しかし他人の死に心を痛めることも、心から悼むことも出来ない冷たい人間だと親から少なからず思われていることにもやはり悲しいという気持ちはなくて、こういう醒めている所が気持ち悪いのかもね。悲しいなァ、悲しいなァ、思っていないけれど悲しいなァ、僕という人間はとことん疎まれているのだね。一応、兄弟伝手で祖母の葬式は行われずただ荼毘に付されて終わるらしいと聞いた。生きている人間に顔を見せるのならともかく、死んだ人が焼かれる所を見守る趣味はないので行きませんが。墓参りも意味がないと思っているので行くつもりないです。死者には言葉も思いも届かない、意味のある交流は生者の間で行われるものです、あらゆる感情は生きている者のために使うべきだし、死に対して向けるそれは変容した自己憐憫にほかならないよ。

 

20230325, Sat

 あなたの姿を探してしまう自分がいる。信じていないというのに。認めていないというのに。分かっているのに、あなたは決して姿を現さないということを。

 

20230326, Sun

 風邪をひいて孤独を感じる。辛い。