万年筆と神経毒

浸潤する言葉を。

水無月の言葉

20230602, Fri

 時間を経るほどに好きなものが減っていき、嫌いなものが増えていく。自分の快に対する受容性は日々摩耗していき、今はもう履き古した靴の裏側ほどに減ってしまっていて、嫌だという衝撃は感じやすいのに好きだという感情は中々芽生えないのです。僕の物事に対する受容のスタンスがまず猜疑するというか、壁を一枚隔てて様子を窺って、ゴム手袋で突いて問題が無さそうであれば直に手で取ってみるような消極的なもので、だから好きになることが本当に少ないのですね。僕にとって好きであることを続けるのは中々難しくて、対象に意識を向けて味わう過程には少なからずエネルギーが必要で、ただ網膜に映る景色を俯瞰するようなものではないから疲れてしまいがちなのだよね。最近の感度の低さからは絶頂の味わいが遠く、自分がまだそれを好きであり続けられるのかという問いが生じてしまう。欲望は際限なく、一度達してしまったら神経ネットワークが強化されるように今までの快では満足できない。だから好きなものの閾値は上がっていき、その値に達成されないものは好きから転落してしまう。でも嫌いであるのは簡単で、嫌いでいることに疑いを持つ必要なく遠ざけてしまえばいいのです。嫌いなことは嫌いなままで意識から排除して、好きなものだけを味わって、でも感覚に鈍くなってしまった僕は喜びが薄く、人生に色彩を見いだせず、虚無ばかりが広がってしまいます。四半世紀を生きて思うのは諦念ばかりで今にでも消えてしまいそう。

 雨が窓を強く叩き、高速を疾く走る車の音がする。しとどに濡れたスレートから落ちる重い雫がぼたぼたと音を発し、未だ強い風が巻く音もする。ふと窓を開けてみれば街灯の淡い光を水膜の張られたアスファルトが美しく反射し、表面には絶えず波紋が浮かんでは消えている。ああ、今日は酷い雨模様。水無月は空の水が空っぽになるほどに雨を降らすからだと聞く、今日はどこかの川が氾濫危険水位まで上昇したっけ、本当に酷い雨だ。

 

20230604, Sun

 新作のシナリオ作業は既に終わっていて、今はスクリプトとかいろいろやっています。スチルも幾つか描こうと思いつつまだ手が出ていません。どうして面倒に思ってしまうのだよね、集中力が必要とされるし、もとより僕は絵を描くのは得意でないから。誰かに任せたい、依頼したいとは思いつつ、他人とコミュニケーションを取るのが酷く苦手なので自分でやろうとしてしまう。昔からそうだったのだよね、人を頼ることを避けて何でも自己で完結させようとする。人は一人で生きられないのにね。

 

20230607, Wed

 ファーストフラッシュの季節、今年はとりあえずグー厶ティー、キャッスルトン、オレンジバレー、リシーハットを買い求めました。特にグー厶ティーは香り高くて佳い出来ですね。リシーハットも好みの味で僕はやっぱり中国種の方が好きなのでしょう。クローナルはなんというか僕には物足りなくて、つい手に取ってしまうのは中国種。でもそろそろクローナルも開拓したいなぁと思いつつリザヒルのファーストをポチりました。年間いくら紅茶に費やしているのだろうね、考えないようにはしているのだけれどふとした瞬間に値段について考えてしまうのは現代病ですね。そんな雑念があると美味しいものも美味しくなくなるというものです、もう少し無垢になりたいなあ。

 

20230610, Sat

 コミケに受かりました。新作ドッペルゲンガーの子供-Prequel-を出せればと思います。あと二月で完成させなければ……

 

20230611, Sun

 ここ最近はずっと制作に注力しています。今日も一日PCにしがみつくようにしてスクリプトを組んで、BGMやSEを調整して、必要な素材を作っていました。もはや仕事ですね。にしてもノートパソコンでやる作業じゃないなあ、大きめのモニターが欲しいです。

 

20230615, Thu

 精神が疲弊している。内臓が溶け、脳が溶け、どろどろになってしまったみたいだ。身体を動かすことが難しいと感じる。腕が痛い。なぜか右の手首が異様に痛いのです、筋を痛めてしまったみたいに。骨と骨の噛み合わせが悪く、少し捻ると音が鳴る。全く嫌だね身体の不調というのは精神まで蝕まれる。身体のあちらこちらが痛い、まるで油が切れて軋む蝶番のように。

 ところで僕は代名詞にこの子とかあの子といったものをよく使います。コップにも、靴にも、スマホにも、自分の所有している物以外に対してだって同様に。愛着からくるものではないのだろうけれど、僕がこのような代名詞を用いるようになったのかは分からないのだよね、いつからか、ずっと昔の子供の頃からあれこれではなくあの子この子と言っていた、自分でも意識せずに言葉にしてしまうせいで違和感はなかったのだけれどこの口調が映って他人がこの子と言った時少し変だと思った。可笑しい所は少しもないのにね。

 

20230617, Sat

 コミケまでもう2ヶ月を切っているのだよね、いよいよ焦ってきている。新作を落とすことだけは避けたい。頑張らねばと思う、だけど休憩したいと思う自分もいる。手を動かさなければ完成はしないから動かないといけない。モチベーションを保てていなけれど作っています、今日もずっと作業していました。

 

20230622,Thu

 最近になって僕の落ち着いている状態が側から見れば落ち着きのないままであることに気づいた。昔から言われていたのだけどね、君は映画を見る時も落ち着きがないって。自分ではいつもよりずっと落ち着いているはずなのに、違うらしい。でも何が落ち着いている状態なのか分からないのです、自分はこれ以上平静としていられませんから。

 

20230624, Sat

 小学生の頃、僕は前の人の椅子を蹴ってしまう子供だった。少なくとも僕には蹴っているという意識はなかったのだけれど、前の人から蹴るなと苦情を言われ、先生にも咎められたのできっと蹴っていたのだと思う。無意識の内に脚が動いてしまうのは止めなさいと言われても治らなかった。意識して動かないようにしていれば動かなかったのだけれど、一度他の物事に集中してしまえば脚の制御権は別のところに移ってしまい、僕は蹴ってしまうのだった。だから何度もトラブルになったし、終いには最後列に移されることになった。その時は更に後方へ席を移動し、無数の机が形成する長方形からぴょこりとたんこぶのように浮き出てしまうのだった。それでも僕は前の席を蹴ってしまったし、最終的には最前列へ移動することとなった。これでもう誰の席も蹴らない。でも脚を伸ばしてしまうのが僕の癖らしく、そのつもりがないのに誰かの足を引っかけてしまうことがあった。このときも問題になって、ついには最前列の窓際が僕の席となって、席替えの時も固定だった。厄介者扱いで悲しかったけれど、僕の脚はそれでも前にぴんと伸ばされてしまう、死んだ蛙がするみたいに。だから僕は脚が意志を持っていると思ったし、身体を制御することは難しいのだと思った。でも回りの人々はそんなことがないというようにぴしっと席に座って膝は90度を保っている。僕だけが脚をぷらぷらと伸ばして、どうして改善できないのだろう。授業にも集中できない子供で、常に何らかの行動を起こしていなければ落ち着けず、いつからか手慰みで髪を抜くようになってしまったのでそれも注意された。でもなぜか勉強はそこそこ出来たので酷く叱咤されるようなことはなかった。通信簿には脚のことと、友達と交流できていないことと、注意散漫なことを書かれていたのは今でも覚えている。今はもう脚は勝手に誰かの椅子を蹴ることはない、まるで意識を失ってしまったように。

 

20230629, Thu

 新作のあらすじに対応するような盤面デザインを考えていた。