万年筆と神経毒

浸潤する言葉を。

ノートとゴミ箱の話

 僕は自分で自分のことを捻くれていると思う。斜に構えて、自分に対して起こる物事ですら直視しようとしない。それで不利益を被ったことがあるというのに治そうともしない。そういう自分もなんだか格好いいとか思ってるんだ、きっと。外から見れば気持ち悪いやつだと思う、後ろ向きで、家に引きこもって、牢固な壁を作ってしかし表面を取り繕って人間関係をなんとか保ち、家ですることといえば読書とゲーム(エロゲが多い)、末期だ……。僕は一体いつから歪んでしまったのだろうか、思えば幼稚園の頃から僕は少しおかしな子供だった、と思う(幼稚園児よりの前の記憶はそもそもない)。

 僕の父親は、これはいつかのブログに書いていたので知っている人は多いと思うのだけれど、借金を拵えたり、仕事を転々と変えているような人で、挙句の果てには宗教にハマり、そこで出会った女の人と不倫をし、癌で苦しんでいる祖父に対して民間療法を勧めて更に悪化させるような駄目人間だった、そして父のせいで僕は何回か引っ越す羽目になった。M県に引っ越したのはまだ僕が幼稚園に通っている頃だった。僕はその頃から不器用で人と会話するのが苦手だった。そして当然のように僕は幼稚園で孤立した。遊んでくれる子も居なかったし、僕は遊ぼうと近付いても逃げられた(あれば僕が泥だらけだったのが悪かったのかもしれない)。やがて僕は人と交流しなくなった。だが、僕だって構ってほしかったから、どうにかしようと幼い頭で精一杯考えた。僕が周りに構ってもらえるようにした行動は、自分のノート(一日の始まりと終りに保育士の先生に提出するやつ。内容は覚えていないが、恐らく親との意見交換ノートのようなものだったのだろう。〇〇ちゃんは今日吐きましたみたいな)を自分で隠すことだった。最初の頃は凄く巧くいった、僕が自分でノートを隠したことも知らずに、僕のためにみんながノートを一生懸命に探してくれる、なんだか受容されたような気がした。ノートを隠す時、心臓がバクバクと高鳴り、とても緊張したことを覚えている、同時にその緊張に快感を覚えていた。悪いことをしていると頭では分かっているのにやめられない、僕は悪い子だ、でもそのおかげで僕には居場所が与えられる、このギャップから生じる暖かさが心地よかった。幼い頃から僕は悪いことに依存しやすい体質だったのかもしれない。だがそんなことを何回も繰り返す内に先生や周りの子達に徐々に怪しまれるようになった、当然である。僕の周りでだけ盗難事件が相次ぐのだから。でもどこかで僕という浮いた存在が虐められるのは当然だ、というような雰囲気もあって、僕が直接的に疑われることはなかった。そのせいもあって調子づいていた僕の行動は徐々にエスカレートしていった。最初こそ誰も周りに居ないことを注意深く観察しながら犯行を重ねていたのだが、発覚する前にはもう周りに人がいようとこちらを見ていなければ構わず自分で隠した。隠した、と書いているが隠し方も最初は引き出しの中のような目に見えないところに隠していたが、これも発覚する前には部屋の隅に落としておく(もはや隠すではなく置いている)ようなことをしていた(本当に末期の時は自分の服の中に隠し、皆んなが探してくれている中で床に落として「あった!」と叫んだこともあった。今思えばかなりやばい子供だ)。犯行が発覚したときのことは今でも鮮明に覚えている。その日はなにかの集会があり、体育館のようなところ(正式名称は忘れた)へ全児童が集まった。体育館に行く前に列をつくるのだけど、その時のドサクサに紛れて僕はノートを自分の服に隠し、途中にあったゴミ箱の中へ入れることにした。いつも以上にドキドキした。ゴミ箱に入れることはまだしておらず、それをするとまだ「隠す」という些細な問題であることが「捨てる」という一つ上の問題に発展することが幼くとも分かっていた。恐ろしいことだと思っていたけれど、なんだかそんな状況に発展するのを僕は楽しみにしていた。ゴミ箱を前にし、僕は頭痛がした。抵抗感を感じた。ゴミ箱が僕の前で大きな口を開けて待っている、ノートを入れて欲しそうに、僕がこの先に進むのを楽しみにしているかのように。身体が熱を持ち、服の中からノートを取り出す時、手が震えた。これをしたら僕はどうなってしまうのだろう、と思った。ゴミ箱の青色が眩しかった。そして僕はゴミ箱の中身ゴミが入っていることを疑問に思った。「どうしてゴミ箱の中に紙くずがあるのだろう、僕のノートが入らないじゃないか」混乱していた。自分が何をしたいのか分からなくなっていた。僕はみんなの輪の中に入りたいだけなのに、どうしてわざわざ浮くような行為をしているのだろうか、逆効果なんじゃないか。どうして僕は後ろめたい気持ちになってまで繋がりを求めているのか、苦しいだけだ。酷く口の中が乾燥し、ゴミ箱が大きく見えた。僕はゆっくりと、まるでこの行為を見て欲しいかのようにノートをゴミ箱の上に掲げ、落とした。

 そして僕は先生に見咎められた。

 思えば僕はあの時わざと先生が見張っている前で(背を向けていたけれど)ゴミ箱の中にノートを入れていた。やはりどこかで見つかりかったのだと思う、止めて欲しかったのだと思う。こんな無為な行為をしている自分に嫌気が差していたんだ、いつまで経っても友達との輪に入れないし、むしろ疎外されてすらいた。当然だ、僕と関わると物が盗まれるから。

 僕は先生に見つかった後のことは覚えていない、とにかく頭の中が真っ白になって、思いつくままに自分を弁護するような事を言った。唯一覚えているのは、先生が僕の犯行をみんなの前で発表し、「〇〇くんは、みんなにもうこんなこと(隠すこと)をしないでっていう意思表示でゴミ箱にノートを捨てたそうです。分かりましたか」

 その後の僕はノートを隠すことはなくなった、だからといって輪の中に入ることは叶わなかったが。